神聖な儀式
紀元前884年、疫病がエーレイアを襲いました。
時あたかも、エーレイアはやはりペロポネソス半島にあるピサと交戦中でした。
そこでエーレイア王のイフィトスは、デルフォイの神殿で、ピュティア(巫女)に相談します。
するとピュティアは、スパルタの専制君主リュコウルゴス〔紀元前9世紀以前。デルフォイの神託によってスパルタの憲法を定めたとされますが、神託が実際に登場するのは2世紀後〕の同意を得て、オリンピア祭を再開するよう、イフィトスに進言します。
この紀元前884年という年代は、1829年にフランス調査団がオリンピア遺跡を発掘した際に出土した遺物によって裏付けられています。
オリンピア競技大会は神聖な儀式でした。
リュコウルゴスとイフィトスは、オリンピア競技大会が不可侵のものであることを宣言しましたが、4年ごとという周期が遵守され、ギリシア暦が始まった紀元前776年まで待たなければならなかったのです。
文書に記録されたオリンピア祭の開催時期は、貴族たちが権力を握っていたギリシアの都市の誕生と軌を一にしていました。